スカイツリーになりたいブログ

スカイツリーになりたい

your name.

今日は僕が高校二年生でとてつもなくはまったアニメを紹介したいと思う。

 

____________その名前は。

 

君の名は。

 

このアニメは本当に大好きであった。今も好きであるが。ファンの方からすると全然自慢にならないのだが、僕個人では4回映画館でこの映画を見た。もっとも、2chでは300回以上見ているつわものもいるのだが。本当に尊敬している。


4回見た経緯を順を追って説明する。その話の前に僕がこの映画に出会った経緯も説明する必要がある。

それは2016年7月29日。

いつもの朝だった。そう。NHK新海誠監督の特集を見るまでは。

 


それは突然のことだった。たまたま見ていたNHK新海誠監督がうつっていて、そのバックにMacとFinal Cut Proがあったのだ。僕はアニメーション監督もこのアプリを使うのだと思い、写真に収めて友達に送ろうとした。するとその時、この監督の次回映画、「君の名は。」の予告編が流れたのだ。僕はその予告編を見ているうちにみるみる引き込まれていき、このアニメは見なければならないという謎の使命感にかられた。だが、その時のその謎な感情はすぐ夏休みのスタートとともにすぐに消えてしまった。だがしかし、8月25日ごろに友達に映画に誘われた。
そのまま話の流れで映画名を聞いたのだがそこで「君の名は。」と言われたのだ。そこからまた「君の名は。」をみなければならないという謎の使命感を思い出した。だが、そんなに期待はしていなかった。また、友達に少しネタバレもされていた。


1回目の鑑賞

9月1日。

何気なく僕は友達と映画館に行った。そして、どうせ大したアニメじゃないだろうと思いながら映画を見た。

 


そして映画を見終わったとき。僕は茫然としていた。というか映画の余韻にひたっていてまともな思考ができていなかった。そのあと友人たちと一蘭に向かったのだが、その時もずっと映画のことを考えていた。結局この余韻が抜けるまで2日間かかった。2日間ずっとこの映画の余韻に浸っていたのだ。普通の人からすれば、考えられないような話であるがその映画は僕の中にぴったりとはまったのだ。

 

ここからほぼ一年間、人生が変わったように感じられた。

 


僕はなんでこの映画にこれほどにもはまってしまったのか。それは僕でもわからないが可能性をいかに上げてみたいと思う。


これまでにないほどのハッピーエンド。

普通の楽しそうな高校生活。

三葉がかわいい。


ざっと考えられる理由は以上の通り挙げてみたがまだまだあると思われる。

 

次に2度目の鑑賞。


これは初めて見に行く人といった。

僕は一回目で理解できていないところがあったので、それを確認するためにも2回は見に行きたいと思っていた。

そして2回目はある程度シーンが分かっているので、途中で涙が出てきた時もあった。2回目でやっとすべて話がつながった感じがした。


そして、3度目の鑑賞。


君の名は。が大ヒットしているというニュースをテレビで見て、父親が見に行きたいということなので一緒に行った。僕は三回目でほぼ内容を完璧に覚えてしまった。だがそれでも楽しめた。映画をフルで散開も見た映画はないだろうとその時は思っていた。まさか4回目を見るとは到底思わなかった。

 

 

4度目の鑑賞。


これは2017年のことであった。年末に君の名は。IMAXにリメイクしたもの上映するということが発表されていた。時間があれば見に行きたいと思っていた。

友達を誘ったら快諾してくれて一緒に見に行ってくれることになった。

そしてIMAX上映。これはさすが12.1chの音質なのか、とにかく音質がすごかった。最初のオープニングの夢灯籠に関しては劇場が低音で揺れていた。映像に関してたしかに、チョークの粉など鮮明になっているところはあったが、IMAX上映だといわれなければ気づかないレベルでだったのはちょっと惜しい。もっとも制作の段階でここまで興行収入が入るとは到底思ってなく監督もIMAX上映をする気で絵をかいていないと思うのでここは指摘するところではない。

 


4回見た経緯は以上とする。

 


さて、肝心の映画の内容に関してなのだが、ここから少しネタバレが入るのでこれから映画を見ようとしている人は注意されたい。

 

「目が覚めるとなぜか泣いている。」「あの日、星が降った日。それはまるで、まるで夢の景色のように美しい眺めだった。」みたいな感じで始まる。この時は、どんな話が分からなく、その後夢灯籠が流れてオープニングとなる。初めて見たときは何だこの歌手は、何だこのオープニングは。コナンか?とさえ思っていた。だが、見ているうちにどんどん引き込まれていった。最初のあのテンポの良さや、先の読めないストーリー。また普通の高校二年生は学校帰りにカフェや、バイトなどに行ったりして本当に楽しそうに思えた。当時の自分ではできなかったことだらけで、それが新鮮に思えたのだろう。その後は、三葉に行こうとする瀧。すると三葉はもう死んでいるという。ここまでは友達にネタバレされていた。だが、三葉が死んでいるのならどんなストーリになるのか全く想像できなかった。まさかあんな展開になるなんて。


瀧が三葉に書いた言葉で頭の中が破裂しそうになった。

 

そして時は流れ、ここで瀧の声で「あれから5年。」というナレーションが入る。このナレーションで僕は全身鳥肌が立った。三葉と瀧はあんな別れ方をして5年間、三葉は8年間、会えないままなんて辛すぎると思ったのだ。完全に感情移入してしまっていた。そして、電車の中でばったり目を合わせたときはもう、アアアアアアという感じだった。会えるのか、会えないのか。かなりじらされていた。僕がここまではまるのだから結末はもうお分かりであろう。

 

普通の人が見れば一回、ないし二回見れば十分な映画であることは間違いない。だが、僕にとってこの映画はとても「合った」のだ。おそらくほかの人からすればここまでハマるとは思えないだろう。

 

当時を振り返ってみるとこの映画を見てから半年間は本当にすぐに過ぎ去ったと思う。まず、映画を見て数日間は余韻に浸ってまともに勉学に励むことができなかった。余韻が収まると次は、君の名は。が大ヒットしているとことをうけて興行収入が気になり始めた。そしてついには、2chの興行収入を見守るスレというサイトを見始めるようになった。朝起きたらニュースとそのサイトをチェック。学校から帰宅してそのサイトをチェック。このサイトは映画のチケットの販売数のプログラマー計算値が出る。つまり、一日で大体その映画がどれだけの人が見たのかわかるのである。そのサイトをチェックして、また2chの人も君の名は。の大ヒットに本当に驚いていてそれを観察するのも本当に楽しかった。それについて少し述べさせていただく。普通の映画は公開が金曜日、または土曜日でその週の土日が最も客が入る。だが、君の名は。は違ったのだ。一週目よりも2週目のほうが多く、3週目でも変わらず、4週目も変わらなかった。こんな映画は他には事例がないとのことだ。週末動員数ランキングも1位を連続。一度8位ぐらいまで転落したが、まさかの正月で1位に返り咲き。夏映画がまさかの冬映画になったのだ。このときは本当に驚いた。まさかこんな時期にもう一度君の名は。が一位に輝く時が来るとは。


それとは別に、映画は瀧と三葉のその後については一切触れていない。つまり観客の想像でどうにでもなる。そこで僕は二次小説というものを読むことにした。pixivという二次小説を集めているサイトを利用して、当時はものすごいスピードで投稿されていく君の名は。の小説を読んでいた。二次小説の中には本当に素晴らしいものが多くて読み飽きなかった。当時はそれを毎晩に読んで寝るという生活を繰り返していた。

毎日、興行収入のチェックと二次小説の読み漁り。

映画本編以外で楽しむことがこんなにもあった。もっとも興行収入のチェックを楽しみだと思っている人は僕だけかもしれないが。自分が本当に好きであったこの映画が世間でこんなに評価されているということがうれしくて仕方なかった。

 

また2016年10月23日から長野県小海町にある小海高原美術館で「君の名は。展」が実施されていた。初めて見たときはいきたいなとしか思っていなかった。長野県にあるので行くのは無理だと思ってその場であきらめていた。そして時は流れ12月上旬。もう一度展示会のことで調べてみると小海町から電車で45分の所に北陸新幹線の停車駅である佐久平駅に大阪からの夜行バスがあることが分かった。するとすぐ僕は友達を誘った。その友達はお前が田舎に行くとか珍しいなと笑ってきたが、この話に乗ってくれた。夜行バスは正直狭く居心地は良くなかったが安いので許容範囲だろう。

 

 

 

そして出発の日。記憶では期末テスト最終日の夜10時が出発だったはずだ。そして次の朝の6時に佐久平駅に到着する。幸い駅の近くに飲食店があり、そこで朝食をとることができた。そこから電車に揺られ、小海駅で下車。そのから美術館まではバスが出ている。ほかにも5,6人僕と同じようなファンがいた。展示会は1時間ほどで見終わり、隣の温泉につかることにした。長野はとても寒く、冷え切った体には温泉はたまらなかった。そしてその中にあるレストランで昼食をとり、休憩をとった。その後、松原湖駅まで20分ほど歩いた。正直、この町を離れるときは涙が出そうだった。なぜだかわからない。君の名は。の世界観とマッチして感情移入したのか。特に思い入れがあるわけでもなかったが本当に去るときは泣きそうであった。大学の合格してからもう一度この町に遊びに行きたいと思う。


といっぱい書かせてもらった。この映画は本当に僕にとって最高傑作と言っていい。


監督は最初は20億円売れればそれでいいと言っていたが、まさかの250億円である。ハードルを上げているかもしれないが次の作品にも大いに期待している。

 


______________________your name.

tomato

久しぶりの更新となった。予備校通いで特に書くことがないのである。申し訳ない。こんなつまらないブログなど見ている人などいるだろうか。

 

さて今日は、昼ご飯を食べた後に勉強会をしてそのあと、夜になんばの太陽のトマト麺というラーメン屋に友達と合計で4人といった。

なぜこの店になったのかというのは、また話がある。友達の一人がラブライブサンシャインの一人のキャラクターの声優の大ファンなのだが、その声優がトマト麺にいったという情報を聞きつけてチェーン店なので、ぜひ行きたいということになってこの店になった。


肝心の味はというと、結論から言うととてもおいかった。

自分が注文したというか、4人ともチーズトマト麺を注文した。ちなみにそのキャラクターの声優もチーズトマト麺だ。その話は置いといて。

 

 

スープを一口飲むと口に広がるトマトの味。とてもおいしい。個人的にはトマトの味しかしなくてうっとうしい感じかなと思っていたのだが、全然そんなことはなかった。口に広がるトマトの程よい味とそれに絡む麺。個人的には豚骨ラーメンのあの感じとは一風変わった感じに大満足だ。また食べてみたいものである。

 

 

ぶた

今日は土曜日なので幸い、予備校がない。前にも書いたように休みは土日しかない。世間はもうすぐ休みが終わるために残念な気持ちに襲われる頃だが、個人的には今からが休みだという気分である。

 

 

さて今日は、伊賀の里モクモク手づくりファームというところに行ってきた。場所は名前の通り、三重県の伊賀にある。
道筋を書いてしまうと大体住んでいるところがばれてしまうが、まあ大丈夫だろう。まず、長原ICから西名阪道へ。そのまま天理ICで名阪国道に乗り換えて壬生野ICでおりて園から下道で10分ほどだ。それほど遠い距離でもなく、ドライブにはちょうどいいぐらいの距離である。また、ゴールデンウイークの最中なので平常時よりだいぶ混んでいた。客の入りは大体普通のころに比べて2倍ぐらいか。客層は、結婚してまもない夫婦、5歳以下の家族連れなどで9割を占めていた。僕のような18歳ぐらいの子供を連れた家族連れはめったに見られなく、かなり懐疑な目で見られた。それも当然である。行ってみればわかるが、小学生低学年を超えるとここは何も面白いものがないのである。低学年以下であれば、豚を見たり、ハンモックで遊んだりして楽しむことができるが、それも低学年までである。
結婚して間もない夫婦のデートスポットには多少なりえるが、交際していて、まだ結婚していない関係のカップルのデートスポットにするには少し過激度というか、面白みに欠ける。個人的には、交際時点でデートというのは何か刺激があるようなものというイメージだ。例と挙げるなら、遊園地や、ショッピングモールなどなどだ。若い人たちをこういうところに連れて行っても本当に何も楽しみがない。僕の頭の中には若い二人がショッピングモールで「ねぇ、これ似合う?」「うん、とっても似合うよ」といった光景が広がっている。まあ、恋愛というものを体験したことがないまだ純粋な心であるから、気持ち悪いかもしれない。

 

 

さて、話題がそれたが、じゃあなぜもうすぐ19になろうしている僕がこんなところに両親と一緒に来たのか。それはおいしい豚肉を食べに来たのだ。個々の園内にはレストランがあって、その中のひとつである豚肉を使った焼き肉店がある。前々回いったときにはじめて食べたのだが、非常においしくて何か月に一回か食べに行くのだ。そして今回もその焼き肉店に行くために行ったのだが、いざ店に入ると並んでいた。当然である。すぐ名前を書いたが20組ほど待たなければならなかった。なので待ち時間は園内をうろちょろしてゴールデンウイークの特別企画などを観察していた。競馬もどきみたいな競技があって子供が多いのに教育上いかがなものかと思ったが、そんなことを思っている人は他にはいないので完全に僕がひねくれているだけなのであろう。そんなこんなで、ソフトクリームを買ってそのまま帰路についた。

 

ただ肉のためにこんなところに行くのはどうかしてると思う人もいるかもしれないが、片道410円+ガソリン代とあと1時間半運転する気力さえあれば行けるのだ。決して高いお金を払ってわざわざ行っているのではない。ほぼ同距離の高野山や、京都ならば、もっと高くつくだろう。まあなんといっても西名阪道が安すぎるのと、名阪国道が無料なのが一番大きい。ちなみにこの名阪国道というものは、大阪から東京に行くときに使うと多少高速代が浮くのでお勧めである。まあ僕が言わなくても知っているの人は多いだろう。だが、少し路面状況が悪く、名神高速道路や新名神高速道路に比べると速度が落ちる点と大阪の南の人にしかあまりメリットが感じられないというのがデメリットだろうか。

 

 

 

 

まあ大したことのない一日であったが、まあまあ楽しかった。田舎のいい空気と豊かな自然を久しぶりに感じることができて心身共にリラックスできたと思う。

ゴールデンウイーク(笑)

 

 世間ではちょうどいまがゴールデンウイークの真っ最中である。

だが浪人生にゴールデンウイークは存在しないのか、本来祝日である、月曜日、本日、明日、
すべて塾があるのだ。

電車に乗ってて思うことは、いつもと客層が違い、明らか混雑していないのである。

つぐつぐ今がゴールデンウイークであることが思い出されるのである。


幸い、土曜日と日曜日はないのだが、それだけなら何ら普通の土日と変わらない。

すこしはゴールデンウイーク感が欲しいものだ。

 

さて本日は2回目の模試であった。


その話を少しだけする。

まず国語。

2次試験で使わないのにもかかわらずなぜか受けさせられる国語。
適当にやった。

数学

もう少しできてほしかった。立体図形がほぼ手が付けられずに終わった。


英語

長文での記述問題は一問だけ。
これじゃあもうマーク式にしろよ。
英作文も2問しか出てないし。記述式のテストでこの問題形式はいかがなものか。


物理 


波でやられた。本当に波がよくわからない。特に平面波。訳が分からない。
あと、浮力でもやられた。前回の模試のレベルに比べたらだいぶ難しくなったと思う。

 

化学

 

計算が多すぎて時間がかつかつだった。
熱化学の格子エネルギーのところで失敗した。ほかのところで計算が煩雑になって空白のままの個所もあった。


以上である。

全般的に出来は「不可~可」といったところか。


「不可」「可」「良」という判定で「良」を出せるように努力していきたい。

 

 

 

________________スカイツリーを目指して。

電球交換

今日はまじめな話をしたいと思う。

 

僕は個人的に飛行機が好きで、過去の飛行機事故などを調べるのも趣味の一つである。

そこで、ある一つの飛行機事故で考えられないような事故があったのでそれを一つ取り上げたいと思う。

 

 

 

 

 

1972年12月29日、アメリカ ジョン F ケネディ国際空港を離陸しマイアミ国際空港へ向かう便である、イースタン航空401便。

 

 

 

離陸から着陸の前までは順調なフライトだった。

 

問題は着陸しようとギアを下したときに発生したのであった。ギアがロックされたことを示す緑ランプが点灯しなかったのだ。

 

航空機には基本的に左右のタイヤ、および前にタイヤがあり、計三か所ある。きちんとタイヤが下りていれば、緑のランプがつく。

 

だがこの時、前のタイヤのランプがつかなかったのだ。

当然この状況では着陸することができず、空港上空を旋回する間に解決策を見つけなければならない。

よって、機長は副操縦士に対しオートパイロットで2000フィートを維持するように指示を出し、自動操縦の間に原因を究明しようとした。

 

まず最初に、すべてのランプを点灯させるテスト行い、電球が切れていないかを調べた。すると偶然そのテストで前のタイヤのロックを示す緑ランプは点灯しなかったので、原因は電球切れによるものだと判明した。だが、万が一、電球切れと本当にタイヤがロックされてないことが同時に発生したならば危険なので、一応電球を交換し、タイヤがロックされているかを航空機関士に確認した。

 

 

だが、航空機関士はタイヤのロックを確認することができず、副操縦士は電球の交換に悪戦苦闘、機長は副操縦士のに電球交換を見ていた。

 

この時、計器を見ていたものは

 

__________________誰もいない。

 

 

そして、約15分後、機体はエバーグレーズ国立公園の地表に激突し墜落。

 

 

 

 

 

 

 

 

1.なぜ、オートパイロットで高度を維持するようにしたのに飛行機は墜落したのか。

2.なぜ、誰も計器を見なかったのか。

3.なぜ、管制官は機体の高度が低下しているのに気づいていたのにも関わず聞かなかったのか

 

 

 

まず一つ目から

 

現在飛んでいる航空機はオートパイロットが外れた場合、警告音が鳴る。

オートパイロットを解除する方法は解除ボタンを押すか、操縦桿を動かせばよいが、この機の場合、調査によるとオートパイロットが外れても特に警告音はならなかったようである。

外れた原因は、機長が振り向きざまに操縦桿を前に倒し、その拍子でオートパイロットが外れたと推定される。

 

次に二つ目

 

一番の問題はこの時に誰も計器を見ていなかったことである。普通の飛行では考えられないことで、パイロットが複数に乗っているのは、万が一問題が起きたとき、一人はその問題に対処し、ほかの人の誰か一人は機体の操縦を行うためでもある。最低限一人は機体を管理しなければならないのである。だがこのケースでは、乗務員全員が電球切れという問題に対処しており、役割分担が不明瞭であったことが原因である。

 

 

最後に三つ目

 

401便の高度低下を知っていたのはその時に担当していた管制官一人だったとされており、その管制官が高度低下を知らせておけばと考えられなくもないが、当時の決まりでは航空管制官パイロットに対して他の航空機との間隔と保つだけのためであり、高度と速度を伝える義務はなく、管制官はただ自分の仕事をしただけで攻めることはできないのである。

 

 

以上の理由から、墜落した原因がわかる。

 

 

 

この事故を受けて、自動操縦が解除されたことを警報で知らせる機能が加えられている。

 

 

 

また後日談として、当時トライスター(この機の名前)は導入されて間もない新鋭機であったためスペアの部品が足りなかった。よって、事故機の部品のうち使えるものは同社の別のトライスターに取り付けられた。しかし、それ以後その部品が取り付けられたトライスターで401便で死亡した機長や多くの乗務員の幽霊の目撃情報が増えた。

 

これらの目撃談は地元の新聞にまで掲載されたが、結局イースタン航空が部品を外した結果、その後一切聞かれなくなった。

 

 

 

この機が墜落した後、生存者救出に奮闘した地元住民の勇敢な姿は非常に感銘を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________以上、電球交換で墜落。

 

聖地を目指して

最初に断っておくが、いままで、ですます調で書いていたがめんどうになったのでやめようと思う。

 

 

 

 

 

今日は普通に予備校の授業があった。特に重要な点はなかったが、LHRというものが存在して、一週間に一度、授業一コマ分を使ってホームルームをする時間があるのだ。今日はその時間がだいぶ長かった。それには訳があって、実はこの時期から夏期講習の説明を受けていたのだ。もうパンフレットももらったし、時間割も配られた。この一週間で、取りたい講座と予定表を組んで来いという課題を課せられた。

 

 

そこまでは良いのである。問題は講習を取る量なのである。個人的には、講習というのは一講座2万円かかるので、取りたい講座をすべてとっていては莫大が金額がかかる。駿台の「夏期講習の取り方」というタイトルの夏期講習の取り方についてまとめたプリントには、そんなことをまったく気にしていないように「すべての期間、2つとれ!」といわれる。ちなみに1つ、3時間セット*4日である。

たしかに、毎日6時間授業を受けることによって前期と同じような勉強習慣をつけることはできるかもしれない。だがしかし、そんなことでは授業を受けるだけで夏休みが終わってしまい、全く前期の復習どころか、せっかく講習で習った内容をその日のうちに確認し、そのあとに確認しようと思っていても講習があるのでできないという悪循環。

 

結局、パンフレットを見る限り、受けたい授業がいくつかあったので今の段階では5つ講習を取ろうと思う。(2万*5=10万)(たかいなぁ~)

 

 

 

そんなこんなもあり、いつもは16時20分におわるLHRも、今日は17時までかかった。

駿台が終わったら友達と食事に行く用事があるという日に限ってこういうことがあるのだから運が悪いのかどうなのか…

 

 

その後、電車で梅田に向かい友達と合流した。

 

どこで食べるかという話になって、選択肢はラーメン、びっくりドンキーサイゼリア松屋であった。

 

まず最初に、松屋が消え、ラーメンはおなかがいっぱいにならないという理由で消え、晩御飯にサイゼリアはないだろうという理由で消え、結局残ったびっくりドンキーになった。

 

 

ここで個人的に思うのが、びっくりドンキーの「びっくり」要素とはいったい何だろうか?毎回育短日に不思議に思うのだが…

 

ほかの店と違うところをあげるならばメニューがでかいという点ぐらい…

対してびっくりするようなことでもないと思うが…

 

 

そこで食事をした後、タリーズに向かい3人で勉強などをした。

 

 

 

そして、なぜか浪人生であるにも関わらず、来年の3月に受かっている前提でラブライブサンシャインの聖地である、沼津に行こうという話になってしまった。

 

車で行くか、電車で行くかという話になり、車ならば4人でいけば一人当たり5500円でいけるぞという話から、18きっぷで向かって、向こうでバスまたはレンタカーを借りるかどっちにするかという話、結局車で向かったほうが安く上がるな、、高速はどこを使おうかとなかなか現実的な話になってしまった。

 

 

 

すべては受かってから言える話なのだが…

 

 

沼津か…行きてえな…

 

 

 

____________聖地を目指して。

トイレ探しの旅

今日は予備校の休み時間の話をしたいと思います。

 

僕が通っているのは某大手予備校です。50分一コマの授業で大体は一日に7コマあります。朝の9時から一時限目が始まって、終わりは16時20分です。

 

 

その中のある休み時間のこと

 

 

2限目から3限目までの間の休み時間

 

ここで尿意を催したのでトイレに行きたいと思いました。

ただ、空きのトイレがありません。それじゃあ、並べばいいじゃないかと思いますがそうはいかない理由があるのです。

 

 

 

ここで僕のトイレとの思い出を語ろうと思います。

それは、去年の11月の半ば。

それは突然のことでした。急に頻尿という症状に見舞われました。

医者からは過活動膀胱という診断でした。

10分に一回尿意を感じるというとても大変な病気でした。

 

のちにましにはなったものの、センター試験の2,3日前まで続きました。

センター試験の二日は幸いにも頻尿という症状はなかったのですが、その後、二次対策補習で学校に行き始めてから数日間の間、弱い症状に見舞われました。

 

これと何が関係があるのかというと、考えてみてください。普通、尿というのはある程度たまってから出すものです。すると勢いが付きます。ですが、僕のこの場合では、10,20分単位でトイレに行くものですから、たってすると全く勢いがなく、重力に従って真下に落ちます。つまり、自分の足にかかるのです。なので、頻尿のころ、常にトイレは個室でしていました。その名残が今でも続いていて、トイレは小でも個室でするのです。

 

 

前書きはここまでで、こういう理由から、個室でトイレをするのですが、なにしろ生徒数がすごく多い割には、トイレが少ないのです。

 

 

なので、階段を駆け上がって一週間で調べた、空いている階のトイレを目指します。

 

 

 

 

___________個室トイレを追い求めて、階段を猛ダッシュする毎日。